休日の午前中

ギター弾いて

 
漫画読んだら元気出た
 
 
 
 
削れたハートに
 
消耗した気持ちに
 
 
 
底から湧き上がる熱
 
それは
情熱とも元気とも
勇気とも愛情とも形容される
 
「熱い何か」の源泉地帯
 
 
 
その領域に
 
外側から
 
内側から
 
自分の心に肉薄して来る突破力を持つ
表現の一部が
僕にとって漫画でギターだ
 
無機的な気分に
有機的な流動を齎す
 
 
 
熱を内包している漫画は
 
冷えた心を温めて
 
意識を牽引してくれる
 
忘れていた情熱を
思い出させてくれる
 
 
 
ギターに関しても
6本の弦を
はじいているだけで
 
心地良さと云う膜の中で
自由な空間が広がってく
 
そこで音色を纏って
 
自分の内部に向かっていくような
 
生活との一時的な遮断が有る
 
誰も居ない場所に自分1人
 
と云う状況が無いに等しくなった今は
 
勝手気侭に
ギターを弾いて歌う事も無くなったし
 
軸足を新たな領域に変えようとしてる今
 
何気無く
ギターに触れる事すら無くなった
 
今は何より生活の方が
家庭に触れる事の方が
自分にとってプライオリティが高い
 
数ヶ月前か1年以上前か
最早解らない程の期間
切れたままだ
 
アコギの音は綺麗だけど
音がでかい分
 
こっそり弾けるエレキの弦を
再び張り替えてみたくなった
 
3歳位になったら
娘に買おうと思ってた電子ピアノを
今買っても良いし(自分が弾きたい)
 
 
 
普段包囲されてるような
鬱陶しいノイズの類
 
それらを掻き消す力が楽器には有る
 
音を出す事で
静かになってゆく領域が
自分の中に有る事を改めて実感した
 
 
 
 
 

映画その11

サンブンノイチ

 
 
 
全体を通した感想としては
 
監督はこう云うの
やりたかったんだろうなぁ
 
と云う推察だけが残った
 
 
 
内容としては
情報が後から後から開示されていく
帰納法の構成だが
 
伊坂幸太郎(敬称略)の
フィッシュストーリーような
情報が結合していくラストでの
加速度や感動及び爽快感は特に無く
 
技法が完全に
活かしきれていない印象で
 
感情は全然揺れなかった
 
題材と構成が
適していなかったのだろうか
 
あの手の情報の並べ方には
 
同時に併用しなければ
効果が薄くなるような要素が
他にあるのかも知れない
 
それが欠けていたから
中途半端な見応えで終わったのだろう
 
 
 
そして幅跳びのくだり
 
自分が経験者だった事もあり
より一層冷ややかな気分になった
 
 
 
気持ちで跳べる距離が決まる…
幅跳びで遠くに跳ぶコツだ
 
と云う台詞が有って
 
言いたい事は解るのだが
全然グッと来ないのは
 
それを言うキャラクターに
説得力が一切無いからだろう
 
気持ちがどれだけ有ろうが無かろうが
跳ぶ奴は跳ぶし
跳べない奴は跳べない
 
自分の実体験なので
その辺興醒めでした
 
 
 
ビルからビルへ跳ぶシーンも
 
中島美嘉の足が
どう見ても跳べる足じゃないし
単に細過ぎるし裸足だし
 
そこだけファンタジーになっていて
世界観を胡散臭くさせてしまっている
 
幅跳びは踏み切る瞬間
自分の片足に
体重の4〜10倍の負荷が掛かる
と言われている
 
それに耐える肉体の
バックグラウンドが皆無だった
 
まぁ
 
と云う
跳躍競技に携わる事の無かった人は
 
そんな細けぇ事言ってんなよ
 
なんて思うのかも知れない
 
 
 
ただ窪塚洋介(敬称略)扮する
破魔翔がラストシーンで
 
浮かれきった主役3人が
この金はリセットボタンなんだと
それっぽく熱弁する所に
 
銀行強盗が何語ってんだ
お前らは悪党だ
 
と云う
当然の事実を突き付けて
自覚的に締める落とし方は好きでした
 
 
 
蛇足だが
俺はまだ本気だしてないだけ
を思い出した
 
自分の事ばっかり考えてるから
こんな事になるんだよ
 
と云う最後の言葉が
 
映画を包んでいる
麻痺した曖昧なダメっぷりな空気を
 
一気にまともな価値観に引き戻す感じ
 
 
 
結論
 
個人的には
前作の方が良かったなと云う印象
 

おーはー

お母さんといっしょ
と云う子供向けの番組で
歌のお姉さんを8年担当していた
三谷たくみ(敬称略)が卒業した

ポコポッテイト
ガラピコぷ〜
と云う
ヘンテコなデザイン(妙に古臭い)の
キャラクターに
交代してしまうらしく

瞳のハイライトがくどいからか
全然可愛く無い

俺はメーコブが好きだった
f:id:fuzzyfunnyspace:20160401135345j:image
自分が幼い頃
なんとかレンジャーが
次の世代に変わる時に
唇が付いていた時位嫌だ
f:id:fuzzyfunnyspace:20160401133145j:image
f:id:fuzzyfunnyspace:20160401135332j:image



今日の朝
何気なくテレビのリモコンで
ザッピングしていたら
おはスタにレイモンド(敬称略)が
大勢の出演者に紛れていて

思わずレイモンドだ!

と朝から感嘆の声を漏らしてしまった

どうやらおはスタのMC
山ちゃんこと山寺宏一(敬称略)も
19年ものおはスタMC
と云う月日に幕を下ろしていた

思い返せば
自分が10歳の頃に始まった


それら小学生のトレンド情報を
いつも北関東で視聴していたし

見なくなってからも
しばしば
ザッピングの末におはスタを一瞥して

山ちゃんまだやってんのか〜

なんて思ったりしてた

そして今回偶然にも山ちゃんの
卒業シーンを刮目する事が出来て
幸運だった

AKB48の誰某がいつ何処で
どう卒業しようと何も感じないのに

山ちゃんの卒業に関しては
チラッと見れただけで少し瞳が潤んだ



加藤アナウンサーも番組を卒業らしい



なんだか気付いたら
SEBASTIAN X

GalileoGalileiも活動停止

マスドレは復活

さよなら、また今度ね
ボーカルが
め組と云うバンドを立ち上げていた



保育園では娘が今日から
ちゅーりっぷ組に進級して
部屋も勝手も変わって

慣れないからか
凄く嫌そうな顔をしていたし

色々と一新されてく時期だなと

記憶の情報を整理していた日でした

映画その10

久々の映画レビュー

と言ったら大袈裟だな

報告のような備忘録かな



漸く見届ける事が出来た
STAR WARS EPISODE Ⅶについて
f:id:fuzzyfunnyspace:20160329070800j:image
最近
WEB関連の修行や
デザイン関係の模索に傾倒していた為

それ以外の事に費やす時間が確保出来ず

スターウォーズ見たいなー

なんて
留意しながら3月中旬の現在に至った
(公開日は12月18日)

折角なので
MX4Dを体感してみたくなり

ほぼ倍の価格での鑑賞となるが
思い定めていざ8番ゲートへ
f:id:fuzzyfunnyspace:20160325190047j:image
公開初日が約3ヶ月前だった上に
平日の午前中のスケジュール
と云う事もあった為か
5、6人の来場者数で閑散としている

好きな規模で配置だ



肝心の内容としては
主役が女性のレイと
黒人男性のフィンと云う配役から

何か新しい事を
しようとしているのだろうな
と云う気概を感じたし

2人とも人間臭くて好きだ

特にフィンに関しては
最も感情移入し易い
普遍的な位置付けなんでないかと思う

只個人的には
STARWARSに求めているものは
華麗で鮮やかで切迫感が肉薄し合う
ライトセーバー捌きであり

EPISODE IIIIIの衝撃が強過ぎたのか
今回はどうも
物足りなさを感じてしまった
(物語の構造上必然的な作為なのかも)

物語のアンチテーゼである
カイロ・レンも

圧倒的な障壁と恐怖

と云う描写ではなく
弱さが既に垣間見えていて

最終的に仲間になったり
ダースベイダーのような結末を
迎えるんでないかと推測される
運びとなっていたように思ってしまう

つまり劇中のクライマックスで
レイのポテンシャルを
示す事と引き換えに

勝てそう(実際勝ってた)
と云う印象を感じ取ってしまう事により

見応えと次に対する期待感が
半減してしまった

続編で新たな刺客が現れるのか
何なのかは解らないけど
このままだとなんだか微妙だなぁ

なんて感想に至る訳である

本当にあんな奴に勝てるのかよ

みたいなフラストレーションが

続きに対する想いや
期待値を高めると思う

もしかしたらそれら全てが
続編の為の伏線なのかも知れないけれど



4D自体は椅子が動いたり風が吹いたり
焦げ臭い匂いがしたり
背中をポコポコされたりで面白かった



そして勿論
経年劣化が主な要因だとは思うのだが

劇場を後にして気付いたら
デニムが破けていた

used感が右膝に宿った



ともあれ
久々の映画で楽しかった

やはり僕は
心に何かが起こる事が楽しみで
映画を観ようとするのだろう


iPod

流石にiPod nano(第5世代)の
バッテリーがヘタって来た為

iPod touchの購入を検討している

何故nanoにしないのかと云うと

iPod nano第7世代が
2012年に刷新されたまま
未だに音沙汰が無い上に

今まで自分が集めて来た曲が
約7000曲有る為

それが全て収まる容量となると
16GB(約4000曲入る)
では足りず
32GB(約8000曲入る)
が必要となる

iPod nanoは最大16GB

つまり16GBから128GBまでの
幅が取られているiPod touchかな

と云う結論に至った訳で

整備品辺りどうだろう

なんて漠然と留意している

やり場の無いもやもや

スクール先のスタッフさんが

どうやら
漫画家を目指していたらしく
 
しかもジャンプやサンデーで
アシスタントもしていた
と云う経歴の持ち主だった
 
噂で僕も漫画を描いていた事を
知ってくれたらしく
今回話掛けてくれた経緯が有り
 
そんな人に逢えた事が
単純に嬉しかったのと
 
忘れていた筈の
当時の感情が湧き上がって来てしまい
動揺してしまった
 
もっと早く出会いたかったし
 
今更漫画がどうとか言う程の熱が
自分にはもう無くて
 
哀しいような悔しいような
恥ずかしいような
 
あぁクソ
 
 
 
他にも最近
ナルトのアシスタントをしていた人が
スクールのガイダンスに来ていた
なんて情報も教えてくれて
 
そんな人
周りに一切居なかったから
 
当時の自分だったらきっと
わくわくしてただろうに
 
なんでこのタイミングなんだ
 
もやもやする
 
 
 
繋がると信じてた未来の景色を
思い出してしまった
 
ひんやりと冷たくて
静かに燃えてる
 
あの柔らかな予感と
祈りのような期待の中に居る時の感覚
 
 

仰ぎ見たい

到達したい場所が有ったとして


その位置が遠かろうが近かろうが
 
何処かを
目指している状態で居られる時だけは
 
自分の未来に期待が出来る
 
つまり
 
自分自身に期待が出来る
 
 
 
スタンスが
向かっている状態であれば
期待感に思考が繋がっていられる
 
現状維持の惰性で興醒めの状態なら
そこに繋がる事などは皆無
 
それが自分にとって
どれ程苦痛な事だったか
 
 
 
未来に対する予感や期待が好きなんだ
 
わくわくしたいから